「杉野東山の掛軸等」が、新たに利根町指定有形文化財に指定されました。以下の文は、別添の解読書を参考に解説しています。なお、この文化財は子孫の方から寄贈され、作品を継承した経緯も併せて掲載します。
杉野東山は、明和6(1769)年生まれで、現在の布川を拠点に、数多くの書跡を残しました。子弟は800人余りに達し、揮毫を求める人が絶えず、毎夜楷書1,000字、行書1,500字、草書3,000字書くことを日課として終生怠らず、嘉永4(1851)年3月に筆を持ったまま亡くなったと伝わっています。
杉野東山が諸作品を作成した天保年間(江戸時代後期・1830~1844年)は、天保の大飢饉や幕政改革など、社会が大きく揺れ動いた時代でした。しかし、文化面では寺子屋や私塾を通じて学問が広まり、地方でも漢詩、和歌、書画などの文芸活動が盛んに行われていました。
とりわけ書道は教養人のたしなみとして重んじられ、文人たちは互いに作品を披露し、交流を深めていました。杉野東山も、そうした地方の豊かな文人文化の中で研鑽を積み、古典に学びながら独自の書風を磨いたのです。製作した諸掛け軸等には、杉野東山の教養と美意識がうかがえます。
千字文

『千字文』は、六世紀の中国・梁の周興嗣が編んだ、重複しない千の漢字からなる韻文です。天地自然や歴史、道徳、人の生き方などを説き、古くから漢字や書道の手本として親しまれてきました。
この掛け軸は、それを流麗な草書体で書き上げたものです。左端の「丙戌元旦」とは丙戌の年(文政9年・1826)の元日を意味し、新春の清新な気持ちで筆を執り、一年の精進を誓うとともに、書の上達や家門の繁栄を願ったものと考えられます。新年最初の揮毫を記念する意味もあるでしょう。
二回甲子春初度 萬国笙歌醉太平

作者の杉野東山が還暦を祝う思いを記し、後半の万国笙歌醉太平は、中国唐王朝の詩人・杜牧の句から引用したものと思われます。
【読み方】
二回の甲子(かっし) 春初めて渡る
万国(ばんこく)笙歌(しょうか)し 太平に酔う
朱弦一一聲不同 玉柱連々影相似 天保十三年 閏望月

中国唐王朝の詩人・王シンの詩の一部とされ、詩は夜灯の元で琴を聞く旨の内容が書かれています。
【読み方】
朱弦(しゅげん)一一(いちいち) 声同じからず
玉柱(ぎょくちゅう)連々(れんれん) 影相似(かげあいに)
たり
天保13(1842)年閏望月
【解説】
弾かれる赤い弦からは一つ一つ異なる音が奏でられ、玉柱は連々として、影はみな同じ
月移椋影扶匆渡 風吹菊香入座清

漢詩から引用したと考えられますが、出典は不明です。
【読み方】
月は椋影(きょうえい)に移り 匆(そう)を扶(たす)けて渡る
風は菊香を吹き 坐(ざ)に入りて清し
【解説】
月は椋(むく)の影に移り、窓辺に添って過ぎていく。風は、人々のいるところへと菊の香りを吹く。
三春月照千山路 十日華開一夜風

中国唐王朝の詩人・温庭筠(おうていいん)の詩の一部です。原詩では、路ではなく道となっており、杉野東山が独自に工夫しま
した。
【読み方】
三春(さんしゅん)月照らす 千山の路
十日(とおか)華開くも 一夜の風
【解説】
春の3か月の間、月は多くの山路を照らした。
10日かかって開いた花は、僅か一夜の風で散ってしまう。
魚帆

【読み方】
ぎょはん
【解説】
最初の文字は、篆書の「魚」を杉野東山が独自に変形して表したと推測されます。赤松宗旦の著『利根川図志』にあるとおり、当
時の布川で流通されていた鮭を題材にしていたと考えられます。
最初の文字は篆書の「魚」を杉野東山流の書体で書いた文字です。赤松宗旦が著した『利根川図志』に「利根川で捕れる有名な
魚は、銚子から上って来る鮭である。私の郷里である布川前の利根川で漁獲される鮭について記述する」とあるように「魚」は、
「鮭」を表します。
暦草

【読み方】
れきそう
【解説】
蓂莢(めいきょう)という伝説上の草の別称であると考えられます。
古代中国の王・堯の時代に月初めから15日まで莢(マメ科植物で実を覆う殻)を生じ、16日から一つずつ莢を落とし30日で全てなく無くなることから暦を表すようになったとされます。
醸酒

【読み方】
かみさけ
【解説】
古代の女性が米を噛み、醗酵させて酒をつくったことに由来します。「酒」の文字は、原型である象形文字で表現してます。
歡喜

【読み方】
かんき
【解説】
非常に喜ぶことを表します。篆書体を基調に揮毫しています。
禮譲

【読み方】
れいじょう
【解説】
礼儀を尽くして相手に譲ることを表します。左部に「七十六書東山篆」とあるので、76歳に揮毫したものです。
齋域

【読み方】
さいいき
【解説】
神を祀ってある身を清める聖域を表します。
書体がかなり変形しており、篆書体を独自に改良して揮毫しています。
紫雲

めでたい雲を表し、仏様がこの雲に乗って迎えに来る姿が描かれることもあります。なお、辰の前の字で欠損している箇所には
「之」が入ると考えられます。
【読み方】
しうん
戊申(つちのえさる)の辰(とき)建寅(けんいん※1月を指す)詞華 杉野東山
【解説】
弘化5(1848)年の温かい1月の時、詞を記す 杉野 東山
其淵深者 其魚羹其 主賢者其 巨恵

【読み方】
其の渕深ければ 其の魚羹(うま)し
其の主賢なれば 其の臣恵なり
【解説】
渕が深ければ、そこの魚は美味である。
主人が優れているならば、配下の家臣も優れた力を発揮する。
乙未冬日とあるので、天保6(1835)年冬に書かれました。