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柳田國男第2の故郷

民俗学の父・柳田國男

 柳田國男は、明治8年兵庫県神東郡田原村辻川(現・神崎郡福崎町)に父・松岡賢治、母・たけの六男として生まれました。
 明治20年故郷を離れ、茨城県利根町布川で医院を開いていた実兄鼎(かなえ)のもと、2年間を過ごしました。このときの体験が、後に民俗学を志すきっかけとなったといわれています。
 その後、第1高等学校、東京帝国大学へと進み、明治33年に卒業。農商務省に勤務し、農政視察や講演のため全国の農山村を旅し、各地に残る地方習俗や伝承などに注目し、日本の農山村構造を知る根源として、調査を実施しています。とくに九州椎葉村の狩猟習慣を記録した『後狩詞記』(のちのかりことばのき)や、東北遠野郷の習俗・口碑を記録した『遠野物語』等の著作は、民俗学の出発点の記念碑的著作として位置付けされています。
 大正10年、国際連盟委任統治委員として渡欧、帰国後は、雑誌「郷土研究」や「民間伝承」などの創刊や民俗学研究グループの拡大に取り組みました。その後の半生は、日本各地の伝承記録の集大成に力を注ぎ、日本民俗学を確立すると共に、『海南小記』『民間伝承論』『海上の道』など多くの著作を残しました。
 昭和37年8月8日、享年88歳の天寿をまっとうし、この世を去りました。

 利根町での2年間          遠野物語・海上の道          柳田國男記念公苑

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