利根町観光協会

神社・仏閣

 

徳満寺

徳満寺 

 徳満寺(真言宗)は元亀年間(1570~)に祐誠上人が中興した寺で当初は今の門前に建てられていましたが、この地を治めていた豊島氏が滅ぶと城跡(現在の場所)に寺を移しました。境内にある地蔵堂には地蔵菩薩が安置され「子育て地蔵」と呼ばれ、親しまれています。少年期の柳田國男に大きな衝撃を与えたといわれている「間引き絵馬」は本堂廊下に掲げられています。      

 

来見寺

 来見寺 

 来見寺は、府川城主豊島頼継により、永禄3年(1560)に創建されました。当初は、頼継寺(らいけいじ)といいましたが、徳川家康の上意により名が改められたといいます。来見寺(曹洞宗)の中で「赤門」は最も古い建造物で、宝暦5年(1755)に再建されました。家康公ゆかりの寺の門ということから、特別に赤く塗ることを許されたもので、普通は通ることを遠慮したものだといわれています。

 

蛟網神社

蛟もう(コウモウ)神社

 「蛟もう神社由来記」に考霊天皇3年(前288)に水神を祀ったのがはじまりと伝えられています。門の宮、奥に宮のニ社殿からなり、地元の人は「文間大明神」と呼んでいました。門の宮のあるところは、立木貝塚の名でよく知られています。「延喜式神名帳」(927)に「相馬郡一座蛟もう(みづち)神社」と名が記されているように由緒の古い神社です。また、蛟もう神社の重要なお祭りである例大祭(ばかまち)は旧暦の9月1日の夜に古式にのっとり神事が執り行われます。

 

琴平神社

琴平神社 

 天明6年(1786)に再建され、万延元年(1860)に増築されていますが創建は不詳です。寛政7年(1795)から始められたといわれる「琴平神社奉納相撲」は9月後半の休日に行われます。小林一茶も享和3年(1803)に布川を訪れた際、琴平相撲を見学し「正面は親の顔なり負け相撲」の句を残しています。さらに、この賑わいを詠んだ一茶の「べったりと人のなる木や宮角力」の句は有名で、その句碑が境内にあります。

 

 応順寺

応順寺

 天正16年(1588)に開基された浄土真宗のお寺です。小林一茶と親交のあった布川の俳人古田月船のお墓があり、墓には「花守りがよその花見る月夜かな」の句が刻まれています。一茶は布川河岸を度々訪れ、月船の家に泊まったと伝えられています。

 
 
 
円明寺

円明寺

 浄土宗の寺で創建は健長7年(1255)に開基された。境内の西側の墓地に寛政5年(1793)新利根川開発の際し犠牲となり立木三義人として人々の敬愛を受けた、喜右衛門、治郎兵衛、林七の墓があります。

 
 
泉光寺

泉光寺

  創建時は不詳ですが、鎌倉街道沿いの寺として、真言宗の古い歴史をもつ寺です。昔から「奥山の観音様」と呼ばれ親しまれています。本尊の「観世音菩薩立像」は鎌倉時代から室町時代初期の作とみられ、鎌倉仏のお宗様式を表し、素木づくりで唇にわずかに紅をさしています。また、嘉永3年(1850)の碑がある仁王門には阿吽の仁王尊像が祀られております。

 
 
 
 
早尾天神社

早尾天神社

 早尾天神社は、菅原道真を祭神として、学問の神様として知られ、江戸時代から広範囲に信者を持っていました。菅原道真が筑紫国へ流されたとき、親切にしてくれた船頭に自刻の像を贈り、それがこの地に安置され早尾天神社になったという縁起があります。

 
 

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